感情指数、測定不能

感情指数、測定不可能

作:平良つむぎ
原作【Antikythera(アンティキティラ)】 from. 紡木ヨビト様
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静かに宇宙空間に漂うアンティキティラ号。次の目的地であるエルテへと、確実に進行していた。
コンピュータの不具合を確認するためのメンテナンスで自室にずっと引き篭もっていた抱月は、ようやくひと息ついて背筋を伸ばす。

「よし…。これで何とかエルテまでは保つだろ」

そうひとり言を呟いて時計を見たら、時刻は0時を過ぎていた。抱月は眉根を顰め、深くため息をつく。

「あー、やべ。…また志筑にどやされる」
「私がなんだ?抱月」
「わ゛ぁッ!!?」

不意に後ろから聞き慣れた声が響き、抱月は仰天して後ろから派手に転倒した。
声の主である志筑は、そんな抱月のリアクションに首を傾げつつも子を叱る親のように腕を組んでいる。

「お、おま…!背後から声掛けんじゃねぇよ!びっくりするだろうが!!」
「抱月。メンテナンスは23時半までと言ったはずだが?」
「ぐ…。ね、念の為に全部見てたんだよ。キリが悪いし、中途半端なのは嫌だからな」
「珍しいな。いつもは早く済ませているのに」
(…本当はゲーム三昧したくてそれを誤魔化す為にアプリとか全部開いてオールメンテしてたなんて言えねぇ…)
「てっきりゲームするために誤魔化そうとしているものだと思っていたが、どうやら本当みたいだな」
「ッ!?…そ、そりゃそうだろ。次エルテなんだからよ」
「あそこはかなり厳重なセキュリティが掛かっていると聞く。…貴様の事だ。ハッキングでこじ開けるつもりなのだろう?」
「まぁな」

内心ギクリとしたが、バレていない事に抱月は安堵した。医療用アンドロイドでありながらずば抜けたその洞察力に、戦々恐々とせざるを得ない。

(やっぱり、一緒にいる時間が長いせいか…?にしては有り得ねぇよなこんなの)

そう思いつつコンピュータの電源を落とそうと手を伸ばした瞬間、目の前がやんわりとぼやけ始めた。
体勢が崩れ、抱月はその場で倒れ込む。

「…っ」
「! 抱月!」

抱月の体調に異常を察知した志筑は、すぐさまバイタルをスキャンしながら抱月の背中に手を回し抱き起こした。

「っ…そんな慌てんなバカ。…ちょっと、眩暈がしただけだ」
「だから言っただろう。活動時間は今回超過していないが、ここ最近体調が優れていないせいで疲れやすくなっている。いい加減に休め」
(…あれ。こいつ…、こんな表情出来たっけ…。…てか、ムカつくぐらい美形だな)

自身を見る志筑の表情が、普段と違って切迫しているように見えた。だが、志筑にはあまり豊かというほど表情パターンを設定した覚えはない。

「志筑…」
「何だ」
「…お前、俺が徹夜したりするといつも怒るよな…。今回は、随分と優しいじゃねぇか…?」
「今回はいつもとは違う。ただ私は…」
「……私は…、なんだよ」
「…………私は、貴様の体が心配なんだ。医療用アンドロイドとしてではなく」
「………は…?」

驚いた。たまにアンドロイドらしからぬ発言はするが、まさかそこまで人間臭い事が言えるだなんて。志筑自身の知能がこれまで以上に発達しているからだろうか。
そんな自分に驚いているのか、志筑も明らかに動揺していた。
抱月をベッドに寝かせて薬を飲ませると、後ろに束ねた髪をゆっくりと解いた。スルリと志筑の手に抱月のしなやかな髪がこぼれ落ちたが、志筑はいつもの無表情に戻っていて、立ち上がると後ろを振り返らずにそのまま部屋を出る。
部屋に残された抱月は、深くため息をついて脱力していた。

「…ったく。珍しく動揺したかと思えば結局いつも通りじゃねぇか。……あ゛ー…、頭痛て」

先程の志筑の様子を振り返りながら思考を巡らせていたが、鉛で殴るような痛みに顔を顰める。
脳内に浮かび上がるのは、いつもとは違う志筑のあの表情だ。

「…でも、何なんだ?あいつに一体、何が起きてるってんだよ…」

これは志筑のメンテナンスも必要かもしれない。そう思いつつも、気が抜けたせいで発熱してしまった頭では思考回路が働かなかった。投与された薬の影響か、だんだんと眠気も帯び始めている。

「……志筑…」

一旦、考えるのをやめた。GMWの件を解決させてから、それは追々考えるとしよう。そう結論づけて、抱月は意識を手放し眠りについた。


「………私は、一体どうしたんだ。何故、抱月に対してあのような表情を…」

一方、志筑はアンティキティラ号の広間で一人茫然としていた。
メモリを辿りながら、先の記憶をもう一度振り返る。
今回、抱月は疲労の蓄積であのようになった。それはよくある事のはずなのに、あの時は何故か焦燥感が芽生えていた。
搭載された知識データの中から、いくら検索を掛けても思い当たるような結果がヒットしない。志筑はふっと息をついて、抱月のカルテをメモリから引っ張り出した。

「……抱月のあの体質の弱さは、起動時からのデータの蓄積で熟知していたが…、私は…何を恐れているのだ」

なかなか答えが見つからず、ただ時間だけが過ぎる。アンドロイドながら途方に暮れていると、広間に誰かが欠伸をしながらやってきた。

「ふぁあ…。…あれ、志筑さん?」
「ヨキさん、おはようございます。起きていらしたんですね」
「うん、おはよう。そろそろ締切が近くなってきたから、ある程度書いたら寝るはずだったんだけど…、結局徹夜になっちゃって」

背筋を伸ばし、そう苦笑を浮かべたヨキはコップに水を注いでコクコクと飲んでいた。執筆に没頭していて喉が乾いたのだろう。

「でも、珍しいね。志筑さんが一人でこんな所にいるなんて。何か考え事?」
「いえ。大した事ではないのですが…」
「……ふぅん。なら良いんだけど」
しばらく沈黙が続き、静かな空気が流れる。すると、志筑が不意に口を開いた。
「………ヨキさんは」
「ん?」
「あなたは、…死を恐れた事はありますか」
「…んー。死、ねぇ…」

唐突な質問に、さすがのヨキも黙り込んだ。水を飲んで熟考するが、すぐに答えが出てこない。
そんな様子を見て、志筑はだんだん申し訳なくなってきていた。

「……すみません。起き抜けに縁起でもない事を聞いてしまって」
「ううん、大丈夫だよ。それにしても、志筑さんがそんな事を考えてるなんてなぁ…。少し驚いちゃった」
「我ながら、らしくないと思いました」
「別に良いんじゃない?志筑さんの考えは、志筑さんの物なんだから」
「…そう、ですか?」
「うん」

自分の考えは、自分のもの…。
さすが、人気作家とも言うべきか。あまり哲学的な事は理解出来ずとも、どことなく腑に落ちるような感覚になる。
すると答えが決まったのか、ヨキは志筑の問いに対してゆっくりと語り始めた。

「んーそうだなぁ。…確かに、死は怖いと思う。死んだらどうなるのか分からないし、大切な人にもう会えないと思うと、とても悲しい。でも」
「…?」
「…いずれは、やって来るものだから。僕ら命ある生き物の宿命だし。だからその時までに、悔いのないよう一生懸命に生きるしかない。そして、大切な人にその時がやって来たらちゃんと見送ってあげるんだ。…僕はそう考えてるけど、どうかな」
「……そう、ですね。私はアンドロイドですから、寿命という影響はありませんが…」

志筑がそう言うと、またしばしの沈黙が二人を包んだ。微かにアンティキティラ号の駆動音が聞こえる。
ヨキは志筑の表情を窺いながら、直球的に問い掛けた。

「……抱月さん、好きなんだね?」
「ッ…!?…好き、と言うには…どうなのでしょう。私には、理解が出来ません……」
「あはは。別に恋愛としての好きとは言ってないんだけど…。…でも、志筑さんが抱月さんに向けているその気持ちは、本当だと思うよ?どんな意味であれ、確かなものさ」
「…………」
「…またコールドスリープに掛ければ…とか思ってたでしょ」
「……あなたには敵いませんね」

僅かに、志筑が笑みを浮かべたように見えた。ヨキも優しく笑ってみせる。
つい当てずっぽうで言ってしまったのだが、志筑は本当に抱月を大切にしているらしい。
開発者とそのアンドロイド。どこか物理的に思えるその関係性は、絆として固く結ばれていた。

「…君たちは本当に仲が良いんだね。微笑ましいよ」
「いえ、話を聞いてくださってありがとうございました。ヨキさん」
「いやいや。僕で良ければ、また相談に乗るよ」
「はい。…ヨキさん、良かったらコーヒーを淹れましょうか。さぞかしお疲れでしょう」
「あ、そう?じゃあ頂こうかな」
「分かりました」

志筑はキッチンへと向かい、コーヒーを淹れ始めた。
ヨキはそんな志筑の背中を目追うと、マグノリアで奮闘する友人のタオ首相に思いを馳せる。彼は、今頃どうしているのだろうか。
一方、志筑の表情は相変わらず無機質だったが少しスッキリしたのか、どこか吹っ切れたように見えたのだった。
後日、体調が良くなった抱月は志筑のメンテナンスも行った。だがそれは一時的によるものだと分かり、しばらく経過観察という形で様子を見守る事になった。
そんなある日…。

「志筑」
「どうした、抱月。貴様から声を掛けてくるなど珍し……——————」

ぽふぽふ、と抱月は志筑の頭を撫でた。
唐突に起こった出来事に、志筑は撫でられた頭を押さえる。

「…抱…げつ……?」
「………いつも、ありがとな」

そう言うと、抱月は若干顔を赤らめて自室へ走っていった。
ぽつんとその場で佇む志筑は、抱月の様子に傾げつつ自身の感度数値を測定する。だが

「………測定…、不可能…か」

システムにはunknownと表示され、志筑は腕を組んだ。まだ不具合が残っているのだろうかと思い至ったが、数日前のヨキの言葉を思い出し、それは愚問であると悟った。

(…私の考えは、私のもの…か。未だに理解が出来ないが、今はそれでいいのだろうな)

とりあえず、自分は医療用アンドロイドとしての使命を果たす。それが、自分のためでもあり生みの親である抱月のためだから。
志筑は淡々とした歩調で、リビングへと足を運ぶのだった。

—end—

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