飴と鞭、阿吽の呼吸

飴と鞭、阿吽の呼吸

原作【イディオット・コップス】/呉丸寿樹様


昼下がりの金宿署は、今日も騒々しかった。
有数の犯罪都市であるが故に、唯一の休息時間とはいえひっきりなしに通報やら一報が入るので、無理からぬ事である。
鳴り止まない電話。忙しなく動く警官、刑事たち。
そして……

「馬鹿もーーーんッ!!」

捜査課では最早お決まりになっているこの台詞が飛んできた。課長代理の渡辺佐代子は思わず苦笑いを浮かべる。
今ではもうすっかり聞き慣れたが、早く行かなければ声の主が卒倒してしまいかねない。
その主というのは、宮本宗一郎。捜査課課長で、かつては金宿の狂犬(マッドドッグ)と恐れられた男である。

「あらあら。また始まっちゃったみたい…」

そう肩をすくめると、発生源である宮本のデスクへと足を向けるのだった。


「どうしてお前はいつもそうなんだ!前にもやらかしたばっかりなのをもう忘れたのか!?」
「そうは言いますけどね課長。俺が機転を利かしたからこそ、今回の連続強盗犯をパクれたんですよ?ねー尊くん」
「えっ!?あ、いやーそうですね…あの、まぁ、はい……」
「おいおい、俺がちゃーんとアドバイスしただろう?刑事ってのは撃ってこそなんぼだって」
「ちょ…!?先輩今それここで言う事じゃ…!」
「おーまーえーらーなァあ……ッ!」

宮本の激昂に対し、今回の元凶であろう中堅刑事の大野恭介はのらりくらりと躱していた。
どうやら原因は、彼がまたとんでもないトラブルを持ち込んだかららしい。
大野と並んで一緒に怒られている若手刑事の工藤尊は先輩の言葉に対し、どう返したものかと困り顔になっていた。

「暴れ過ぎにも程があるだろうが!何でわざわざ発砲する必要がある!?お前らがめちゃくちゃにしていったせいで商店街からも苦情が殺到しているんだぞ…!」
「仕方ないでしょうよ。奴さんも捕まりたくなくて必死なんだから。犯人確保のためには多少の実力行使もやむを得ず、致し方なかった。なので、今回の件はお咎めなしって方向で…」
「何が致し方なくだこの馬鹿もんがッ!!どれだけの損害を出しとると思っとんだ!」
「いっ…!?あのねぇそうバカバカ言わないでくださいよ。本当に馬鹿になったらどうすんですか」
「安心しろ。お前はもうとっくに馬鹿だからな」
「おい柴!」

横からすました顔で暴言を飛ばしたのは柴山勝利。大野の相棒であるクールガイで、女性陣から好印象を持たれている。…が、当の本人は何とも思ってない。
外から帰ってきたばかりなのか、片手にコーヒーを持っている。

「口を挟むんじゃない柴山!それから工藤!お前もお前だ!!」
「ええ僕もですかぁ!?」
「当たり前だッ!!あれほど大野の言う通りにするなと言っているのにどうしてそうなる!お前まで大野みたいになって欲しくないからわしは…!」
「人聞き悪いっすよ課長!それじゃまるで俺が悪い手本みたいになるじゃないすか!」
「実際そうだろうが!!」
「えぇ……」

宮本の悲鳴も思わせる怒号とともに、大野の言い訳と工藤の嘆き。柴山のすました毒舌が織り交ざる。
その光景の一部始終を見ていた刑事たちも苦笑いをするか見て見ぬふりをするかで、誰も止める様子はない。
そろそろ出番のようだ。宮本がヒートアップする前に止めねばならない。

「まぁまぁ課長。恭ちゃんはともかく、尊くんも反省してる事ですし…」
「んもうナベさんまでそんな事言うー……」
「とりあえず始末書を書かせれば済むじゃないですか。給料もその分天引きすれば良いし」
「…ああ、そうだな……」

よほど怒り疲れたのか、エクトプラズムが出かねないほどにグッタリした声で返す宮本。
介入の甲斐もあって、どうにか収まったようだ。一方、始末書と給料天引きと聞いた大野が悲鳴をあげる。

「げっ!?ちょっと待ってくださいナベさんそれはないでしょ…!」
「そうですよぉ!先輩はともかく何で僕まで一緒なんですか!」
「…尊…、てめぇ……」
「だってよく言うでしょ?連帯責任って」
「そんなぁ…」
「尊、おまえ今度徹底的に扱いてやるから覚えとけよ……」

大野の口から恨み言が零れる。尊は尊でまさかの罰則に嘆くが、渡辺は意に介さず引き出しから二枚分の書類を突きつけた。
怒らせた分これくらいはしてもらわねばならない。

「ほら、分かったらさっさと始末書を書いて提出する!はい行った行った」
「「はぁぁあああ………」」
「あ、勝さん。これ梢ちゃんに届けてくれる?差し入れって」
「分かりました。…お、これ確か梢が気になってたケーキ屋のじゃないですか?」
「そうなのよ。日ごろ頑張ってるから今回ご褒美」
「なるほど…。それも伝えときます」

二人の長いため息と同時に、いつもよりちょっと長い説教タイムが終わった。大野と尊は揃って始末書の提出を義務付けられ、二人してあーだこーだと言い合いながらデスクに向かっていた。柴山は別の事件の捜査で聞き込みに行くついでに、梢への届け物を頼まれて席を外している。捜査課には宮本と渡辺の二人だけになった。

「課長、あんまり怒鳴ってると血圧上がっちゃいますよ。はいお茶」
「はー……、もう疲れた……。何であいつらはいつもいつもいつも……」

かつて金宿の狂犬と恐れられた男が、情けない声を出しながら弱音を零している。現場で駆けずり回っていた頃とは一転して立場が変わったのもあるだろうが、昔だったら一ミリもこんな姿を想像出来なかった。すぐさま実力行使に出るような性格だったのが、十年以上も経つとこうなるなんて誰が予想しただろう。
気持ちは分かるけども、小さくため息を漏らす。

「私が止めてなかったら、今ごろミヤさん倒れてましたよ。ただでさえ高血圧とか心配なのに」
「そうは言ってもなぁ……。…それより、ナベちゃんは一体どっちの味方なんだ。工藤はともかく、大野は一番アメを与えたらいかん奴だぞ。」
「でも、ずっと怒ってばっかりだと誰だってモチベーションが下がるもんでしょう?恭ちゃんはああだから大人しく上の言う事を聞くタイプじゃないし。だから、ミヤさんは鞭で私はアメ担当」
「はぁ……。」
「ため息ばっかりついてたら、幸せ逃げてっちゃいますよ」
「ずーっと気を張ってるよりはマシさ……。ああ、ところで石毛はどうした?」
「まだ取調べの最中じゃないかしら。…でもこの調子だとそろそろ……」

言いかけたその時、取り調べ室から一人の刑事が出て来た。捜査課の中でも取り調べに長けた"落としのシゲさん"こと、石毛康雄その人である。まるで長い戦いから帰還した戦士さながら、取り調べで得た手掛かりを報告し始めた。

「いやーやっと吐きましたよ。金宿公園の噴水前でヤクの売人と取り引きを……ってあれ、課長?」
「おおーよくやった……。後は頼んだぞー…。わしゃもうダメだ…早く帰ってビールが飲んで寝たい………」

一体何があったのか……。石毛の脳裏にまず浮かんだ言葉はそれだった。色々とボヤく事は多い宮本だが、ここまで弱音ばかり吐いてるのは見た事がない。

「お疲れさまシゲさん。ようやく落とせたみたいで何より」
「ありがとうございます。…それより、ミヤさんどうかしたんですか…?珍しくボヤきまくりじゃないですか」
「気にしないで。いつもので疲れてるだけだから」
「…ああー……。その様子だと、また大野が何かやらかしたんですね」
「尊くんを巻き込んで商店街で大暴れ。苦情と一緒に請求書まで叩きつけられて、連帯責任で二人仲良く始末書を書いてるわ。かわいそうに、ワルい先輩に色々吹き込まれちゃって……」
「顔と言ってることが一致してませんよナベさん」
「あら、バレた?」
「ちょっと楽しんでるの見え見えですよ。…まぁ、あいつには気の毒ですけど、刑事は失敗してなんぼですからね。自分にはプラスにならない事も起きてる筈でしょうし」
「自分で身を以て知る。それが一番よね。…でもあの子って割と凄い単純だからどうなる事やら……」
「……。ま、そん時はそん時ですよ」
「そう…ね。何とかなるでしょ」

何とも無責任な物言いである。
だが、そうしてトラブルを乗り越えてきたのも事実。しばらく苦労するかもしれないが、一応は金宿署の刑事としては将来有望でもあるので、立派に成長してくれる事を願うばかりだ。

「ナベちゃん、お茶」
「はいはい」

少し元気が出てきたのか、宮本からおかわりの要求が飛んだ。慣れた様子でお茶を淹れ始める渡辺に、石毛が不思議に思いながらも疑問を振る。

「それにしても、ナベさんって手馴れてますよね。課長の扱い方」
「そう?」
「いつも見てて感服するばかりですよ」
「んー、何だろうなぁ…。なんだかんだずーっと一緒にやってきてるし、立場が変わってもそれは変わってないと言うか……」
「……と、言いますと?」
「うん、何か…細かく言わなくても伝えようとしてる事とか、何となくで分かっちゃうのよね。阿吽の呼吸ってやつ?」
「な、なるほど……」

今いちピンと来ないが、何となく分かる。
石毛が配属される以前から、実際に二人の付き合いはかなり長い。
その賜物なのか、課長とその代理という関係になった今でも対等に向き合っている。これはまるで…

『何か、ある意味で夫婦みたいだな…』

思い浮かんだ言葉が出ないように飲み込みつつ、二人の様子を楽しげに眺めるのだった。
飴と鞭、阿吽の呼吸な関係である二人を…。

END




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